2005

大阪にて


 1月5日から11日まで、梅田大丸で「冬の手作り作家展」に参加させていただいた。
梅田大丸は昨年の9月に引き続き2度目の出店。サラリーマン時代、兵庫県の伊丹市に住み、堂島で仕事をしていたこともあったので、大阪に来ると故郷に帰ったような安心感を感じる。
 催事を迎えるたびに、「1本1本、自分の人生の思い出に残るような印を彫ろう」と最近は思うのだ
(本当は、そういう覚悟をしないと一本も彫れない)が、今回の大阪での仕事も、自分としてはとても良いものが出来たと思う。
一緒にイベントに参加させていただいた堺の菅さんが、所蔵の石を持参してきて、「これに名前を彫ってくれ」と言ってきた。
3センチ角の大きな石で、もち手のところにうさぎが彫ってある。
漢字でもひらがなでも、どっちでもいいからとのことで、両方のパターンで筆で元稿を書いてみる。
何度か書いて、漢字に決める。
3センチ角もあると、それだけ大きな空間を文字で埋めていくエネルギーはかなり大きなものが要る。
しかし大きい分、文字に動きを出しやすく、大胆な構成をする楽しみもある。
菅さんとは何度もいろいろな会話をしているのでイメージをつかみやすく、文字に動きをつけて彫ってみた。
出来上がって印影を見せた瞬間、大喜びしていただいた。
「いやー、本当に嬉しい」「普通プロの仕事でも、なんかかんかアラがあるもんやけど、これは完璧やわ」
とこちらが恐縮してしまうほどの大絶賛。
名刺大のカードに捺してみると、それだけで立派な名刺になりそうだった。
菅さんは古布で服を作っておられるので、その服のタグに使ったりしていただけるそうだ。
光栄なことである。
そのほかの印も文字を考え、構成を考え、彫るときは頭から湯気があがるような思いをしながら作らせていただいたが、
自分のテーマである「1本1本を人生の思い出に残る作品に」という部分ではおおいに満足できた。
あくまで、お客様が出来上がった作品をどう思うか、ということは別問題であるが。
「あとからクレームが来ることは無いの?」
と他の出店者の方から聞かれたが、
「ありますよ。そのときに、お客様の言い分を聞き、自分の力量と照らし合わせて、もっと良いものが出来ると思ったら、彫りなおしに応じますし、どう頑張ってもこれ以上のものは出来ないと思ったら、お金をお返しします」とお答えした。
 まだまだ、印の製作において「出来る」と自信を持って言える事は少ないので、
藤崎さん・中村さん・望月くん(この人たちは本当にスーパーマン!)の力をお借りしなければならないことも多いと思うが、
とにかく印を作ることは楽しい。
妥協なしでやれば、やるほど楽しいと思えるようになってきた。
 
 仕事のほかに今回の大阪では、いつもながら温かく迎えてくれる(CDと色紙ありがとうございました!)
関西男声合唱団のメンバーと歌が歌えたこと、サラリーマン時代の仲間である、
藤井ちゃん・西村さんと再会できたこと、尊敬する江崎先輩とお酒が飲めたことなど、楽しい思い出ばかりいただきました。
ありがとうございました。

1月17日
 午前中、大王わさび農場に用足しに行く。
晴天で気持ちが良い。
土日は雪だったのに、平日になったらよい天気だ。午後からは工場でリンゴの木のハンコ立て、楊枝立てを作る。
144個をベルトサンダーで磨き、ボール盤で穴を開ける作業。
夜の11過ぎまでかかる。
途中、1時間くらい子供たちとゲームキューブで一緒にあそんだりしたが、それをしなければもっと早くできただろう。
しかし、膨大な仕事の量があり、そこからはどうやっても逃げられないので、無理せず気晴らしするときはする。
それで良いと思う。明日は仕上げ磨きと塗装。ハンコも急ぎのを彫らなくては。

1月18日
 三郷村小倉の農家・Fさんから、「リンゴの木の剪定はじめたよ」
とお電話をいただいたので、さっそく軽トラックでいただきにうかがう。
小倉というところは山の斜面になっている地域で、りんごはそういった気温の差の大きいところで育つと美味しくなるのだそうだ。
Fさんの切り落とした枝をどんどんトラックに積んでゆく。
一度ではそうたくさん積めないので何度も通わなくてはならない。
これからは、枝集めと、印鑑にする前の段階のさまざまな加工・乾燥の仕事で忙しくなる。
三郷村で育ったリンゴの木が、望月君や中村さんの手で、素晴らしい遊印になり、
日本全国の人を喜ばすことになると考えると楽しい。



3月14日
 りんごの木は農家の方からいただいてきた後、まず皮をむかねばならない。
水にひたして鍋で煮て、十分皮をやわらかくしてから一本一本手作業で皮をむく。
そしてそのまま乾燥させればいいかというと、そうではない。
皮をむいたあとの表面に、ちょうど魚のうろこがヌルヌルしていると同じように、ぬめりがあるのでそれを取り除いてから乾燥させるのだ。そうでないと、乾燥後木の表面が真っ白な、きれいな状態にならない。
水につけてある木を食器を洗うスポンジでこすって落とす。
これだけなら単純なことだが、今年の信州は2月後半から3月にかけてなかなかあたたかくならず、表面に氷が張った水に手をいれての作業は体が芯から冷える。私は北海道生まれだが、この作業はやはりつらい。
 今日は半日ほどやったが、寒い上に量が膨大なのでやってもやってもちっともはかどった気がしないのがつらさに追い討ちをかける。
もしも一緒に働いてくれる従業員がうちの会社にいるとしても、この作業は気の毒すぎてやらせられないな、と思う。

 人生は長い。
耐えるしかないときもある。
そのときは、耐えて耐えて、祈って祈って、太陽のほうへ太陽のほうへと、ともかく進むことだ。
今の苦しみも、痛みも、無念も、涙も、
すべてがいつか「花」になれ、「花」になれ、幸せの「金の花」になれ。
光、光、光、見渡すかぎりの黄金の花畑になれ、と。

 とある桂冠詩人の詩と、その詩を混声合唱にした曲のメロディーが頭にうかぶ。



これが皮をむかれたりんごの木。
濡れていると透明感が出てなにか千歳飴みたいに見える。
まだまだ寒いので氷が張っています。

12月16日
 工場にて住所印一つ、白文三つ、朱文一つを彫る。
納期が遅れがちになっており申し訳なく思う。
良いものを作るには本当に時間がかかる。
今年の年初にいただいたリンゴの枝が印材として店頭に並ぶのだって何年か先。
5年後10年後を見て今の仕事をしなくては。

12月17日
 今日も工場にて白文3本を彫る。
私の父を知っている人はびっくりするかもしれないが、この3本に1日かかる。
問題は時間の早い・短いではなく、自分の納得いくものを作れるかどうかだと思っている。
 最近お客様から印材の横に豚を彫って欲しいという依頼があり、挑戦してみた。
けっこう可愛らしくできたので満足、満足。
彫刻刀の跡をわざとゴツゴツした感じに残すのがミソ。
もっと時間があればいろいろな動物を彫ってみたいなあ。



12月19日
 ここのところの荒天で、りんごの木の乾燥小屋が風で位置がずれてしまった。
風の力というものはすごい。
 昨年小屋を作ったときは地盤が土を入れたばかりでぬかるみのような状態だったので、ブロックを下に敷いて、
その上に載せるような形で小屋を作ったのだが、そのときの安易なやり方が、今になって問題になってきた。
ほおっておくと小屋自体が崩壊してしまいかねないので、補強工事のために大幅に時間を使ってしまった。
その後は夜の12時まで表札を彫るがまだ終わらない。
明日には大傑作?が完成する予定。印の応用で表札も今年からやり始めたが、楽しい仕事だ。

12月20日
 大王ワサビ農場でご注文を受けていた表札ができあがった。
彫刻だけでトータルで4時間くらいかかった。
字を残して周囲を彫るので手間のかかり方が違う。ここまで細かいのは今までで初めて。
郵便局から発送したあと、ほっとして疲れが一気に出てきた。お客様は喜んでくれるだろうか。




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